【ドラクエ10】バージョンアップ狂想曲
『2012年10月9日 午前10時』
その日、その時間はドラクエ10待望の大型バージョンアップの瞬間であった。
新しいクエスト、新しい土地、新しい職業、新しい装備―――。
その日、その時間を境界線としてドラクエ10の世界は大きく生まれ変わるのである。
それなのに。
ああ、それなのに。
周りの冒険者は新しい世界に飛び出しているというのに、
なぜ僕はいつもと同じ時間に嫌々起きて、いつもの駅に慌てて向かい、
いつもと同じ時間帯に走る満員電車に吸い込まれ、
それからいつものホームにペッと吐き出され、
いつもと同じ会社に出勤し、同じ机に座り、死んだ魚と同じ様な目をしているのだろうか。
ああ、今日はドラクエ10のバージョンアップの日だというのに!
なんて今思えば馬鹿馬鹿しい話だけれど、その日の朝10時に僕は
本気でそんなことを思っていたのだから、まったくもって恥ずかしい話である。
Twitterを眺めると四方八方からバージョンアップに対する喜びや悲しみの声が聞こえてきて、本当に楽しそうである。
やれレベル解放がどうだの、やれ鞄拡張だの、仕草だの―――。
ネットゲームにおいて、大型バージョンアップはもっとも気になるイベントの一つだ。
気にならないわけがない。昨日と今日のドラクエ10は、まるっきり違う世界なのだ。
ディズニーランドに新しいアトラクションが出たら、4時間以上平気で並ぶ人もいる。
マクドナルドに新しいバーガーが出たら、例えセット価格800円に「高すぎる!」なんて思っても、どうしても気になって注文しちゃう人もいる。
それと似たようなもので、大型バージョンアップというのは、
ドラクエ10プレイヤーにとって非常に気になるものなのだ。
それなのに。
ああ、それなのに。
盛り上がるtwitterを横目に僕は昨日と同じ様に受話器を持ち、
いつもの調子で「お世話になっておりますー↑↑↑」なんて電話をするのである。
・・・ああ、早くログインがしたい。
『2012年10月9日 午後14時』
今日はいつにも増して時が流れるのが遅い。
僕は一人、会社の休憩室でカップラーメンをすすりながらtwitterに目を向ける。
バージョンアップで変更された情報が、わらわらと集まっているようだ。
(お、パラディンのスキルは武闘家にも必須になりそうだ)
(やっぱりレベル上限解放のクエストは酷い混み具合なんだな)
なんて感じで、濁流のように流れ込む情報をスープと一緒に飲み込む。
気になる。早くこの足で確かめたい。
「僕、今日は定時で帰るから」
僕は近くにいた同僚にこう宣言した。
こうでもしないと、いつもの調子で残業してしまいそうだったから。
「オマエいつも『定時で帰る』って言って帰れてねーじゃん」
「いや、今日は特別なんだ。今日は絶対定時で帰る」
「はいはい。いつものいつもの」
同僚は僕の魂の宣言を簡単に聞き流した。
わかってない。こいつは何もわかっちゃいない。
なんたって今日は―――。
「どーせ今日はドラクエ10のバージョンアップなんだろ? まとめサイトで見たわ」
ぐぬぬ。悔しい。非常に悔しい。
僕は涙目になりながら、手に持っていたスマホをギュっと握り締めた。
・・・ああ、早くログインがしたい。
『2012年10月9日 午後19時』
定時である。ついに僕はやり遂げたのだ。
僕の頭の中に、ドラクエのカジノで流れるファンファーレが盛大に流れ出す。
スロットマシーンで777を揃えたときの、あのとびっきりのファンファーレだ。
さあ定時だ。みんな帰ろう。
部長も先輩も後輩も、仲良くお家に帰りましょう。
ところがどっこい、誰も帰らないのが日本社会である。
悲しいかな、残業社会である。愛社精神アピールの時間である。
少し離れた席に座る先ほどの同僚が、ソワソワしている僕を見てニヤニヤしている。
なんて腹立たしい奴だと憤るも、そんなことをしている場合じゃない。
早く帰らなくては。妙な業務に巻き込まれる前に、逃げるが勝ちなのだ。
「すみません、今日はお先に失礼して・・・」
「あ、洋菓子くん! 先日話した、例の企画の件なんだけどさ」
こうして僕のリレミトは、不思議な力にかき消されてしまった。
そしてなんやかんやで時は過ぎ、僕はいつものように机に座りながら
(シャチョウハヨカエレ)という秘密の呪文を心の中で繰り返すのだ。
巡回している攻略サイトにて、バージョンアップに関する情報が徐々に充実していく。
ああ、なんと遥かなるかなアストルティア。
『2012年10月9日 午後21時半』
「お疲れっした!」
ようやく退社することができた。
結局いつもと変わらない退社時間である。
僕は早歩きで家路を進む。
早く、早くログインがしたい。ドラクエ10で遊びたい。
いつもの駅で下り、いつもの横断歩道を渡り、いつもの大通りをテテテテッと進む。
しかし、とあるポスターが目に入り思わず僕は足を止めてしまった。
(よ、吉野家がバージョンアップしてる・・・・!)
目に飛び込んだのは、牛丼チェーンで御馴染み吉野家の牛焼肉丼のポスターである。
美味そうな肉に真っ白な米。ついでにお腹も空いている。
僕は空腹状態が一番嫌いなのだ。お腹が空くと妙に切なくなり、涙が出てくるのだ。
寄り道している時間が惜しいが、吉野家もバージョンアップしてるなら仕方ない。
僕はフラフラとお店に立ち寄り、牛焼肉丼をほおばった。
twitterを眺めると、メガザルロックがどうの、トロルがどうのと盛り上がっている。
早く、早くログインがしたい・・・。
『2012年10月9日 午後22時』
仕事も終わった。飯も喰った。
あとはシャワーを浴びれば晴れて自由の身である。
サラリーマンの殻を脱ぎ捨てて(でもまた明日着るから、たたむくらいはする)、
冒険者として世界を駆け回るのだ!
しかし、しかしである。
またしても僕は自宅目前で足を止めてしまうのだ。
(と、隣の銭湯が本日限定でバージョンアップしてる・・・!!)
なんということ! これまで何度か登場した馴染みの銭湯にて、
本日限定で「ラベンダーの湯」を提供しているじゃないか。
そういや今日だった。この前から楽しみにしていた年に一度の「ラベンダーの湯」は、
あろうことか今日だった。
今日を逃せば今度は来年である。流石にそれは辛い。きっと後悔が残る。
僕は今日の締めとして、ゆっくり銭湯に行くことにした。
そうと決まれば話は早い。僕は来た道をまた早足で戻っていく。
どこに戻るんだって? それはもちろん近所のコンビニ。
せっかくの銭湯だ。風呂上りのビールを買わなくちゃ!
バージョンアップは大きな、大きなイベントである。
ゲーム内容は大きく変化するから、個々人にとっては不利益になることもある。
僕は今回のバージョンアップではたまたま多く恩恵を得られる立場にいるけれど、
他のゲームでは弱体修正をされて、ちょっぴり悲しい思いもしたことだってある。
格闘ゲームプレイヤーでもあるから、そんな経験はいくらでもある。
それでもバージョンアップは楽しい。
これまで遊んだゲームが違う表情を見せる度、ドキドキが止まらない。
やっぱりネットゲームには、ネットゲーム特有の魅力が山ほど詰まっている。
「よっしゃあ! ログインじゃああああ!」
その日、僕はようやくドラクエ10にログインすることができた。
本当にこのゲームはまだまだ遊び尽くせない。
ふと時間が気になった。
いつものデジタル時計は、ちょうど日付が変わったあたりを示していた。
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